【歴史は弥生時代?!】納豆のヒミツ

また食べ物の話題になってしまいますが、

今日は納豆です。

私の子供の頃から納豆を食べる家庭で育ってきて、

今も週に1パックは納豆を食べます。

よく関西の人が納豆が嫌いといわれますが、

実際にそのとおりみたいです。

下図は納豆の購入額ランキングですが、

関西の都市の購入額は軒並み低いです。

逆に納豆といえば水戸とだれもが考えますが、

実際に購入額の上位に水戸市が入っていました。

水戸納豆について

全国納豆協同組合連合会のHPによれば、

茨城県はもともと農家などで納豆作りが盛んだったみたいです。

かつて納豆が江戸に出回っていたことを本で知った笹沼清左右衛門(長い・・・)という人が、

水戸の名物にしようと製造に乗り出し、試行錯誤したみたいです。

これが世に出回るようになったのは、鉄道が敷設される明治20年代からでした。

最初は水戸駅前の広場で売られていたのが、ホームで売られるようになると

奪い合うくらいの人気となったそうです。

現代のタピオカミルクティーと似ていますね!

納豆は弥生時代からあった!?

もっと時代を遡ってみます。

mizkanのHPによれば、

納豆の発祥には諸説あり、

ひとつは、米や大豆が普及した弥生時代に納豆のような食べ物はあったらしいという説です。

弥生時代の人々が住む竪穴式住居の床にはワラが敷いてあって、

納豆に欠かせない納豆菌が好む環境だったみたいです。

何かの拍子に納豆がワラの上に落ちて発酵し、

納豆が誕生した。

このように偶然できたものが納豆のはじまりだったという説です。

もう一つの説としては、

平安時代後期の武将である八幡太郎義家にまつわる説です。

当時戦いに欠かせなかった馬ですが、

その飼料として使われていたのが大豆でした。

大豆を煮て乾燥させ俵に詰めて運んでいたそうです。

いつか戦いが長引くことがあったときに、

馬の飼料が不足してしまい、急遽農民たちに飼料として大豆を差し出すように命じたそうです。

急ぎであった農民は煮た後によく冷まさず、熱いまま俵に詰めて差し出したそうです。

すると数日後煮豆は匂いを発して糸を引いていたそうです。

これを食べると美味しく、農民たちにも広まっていったという説です。

このように納豆の発祥には諸説あるみたいですが、

それにしても、はじめに食べようとした人はすごいですね。

ねばねばしているのに合わせてあの臭いですからね。

臭いの正体

私の数少ない知人にも関西の人がいて、

その人達はたしかに納豆が嫌いな人が多いです。

その原因を聞くとやはりあの独特な臭いと言います。

他の食べ物と比べるとこんな感じみたいです。

臭い食べ物の代表例(
昭文社-なるほど知図帳2009「世界」51ページ )
横軸の単位Au:アラバスター単位、におい成分の成分量の単位

本当かわかりませんが、練習後の野球部の靴下は400Auらしいので、

納豆はそれよりも臭いということですね。

そうなるとシュールストレミングが気になりますが、、、

納豆菌で発酵させるため独特の臭気があり、

香ばしい臭いの「ピラジン」の他よく聞く「アンモニア」成分も含まれ、その他にもいろんな臭い成分が入っているみたいです。

まあ要は臭いということですね。

おすすめ納豆

私も臭いは臭いと感じますが納豆が好きなので、

せっかくですので私のよく食べるパックの納豆を紹介します。

まずは、オーソドックスなもので、

タカノフーズ株式会社より、まろやか旨味です。

私はひき割らない派ですので、

こちらの商品をよく買います。

なんといってもタレが美味しいですよね。

豆のサイズもちょうどよいですし、

旨味とコクが同時に味わえます。

パックを開けたときによくあるフィルムがないのも地味にうれしいですね。

同じくタカノフーズ株式会社の国産丸大豆納豆です。

こちらはさきほどのものより豆が大きいです。

豆の美味しさをそのまま楽しみたいときにはこちらにします。

ちなみにこの納豆のたれもめちゃくちゃ美味しいです。

これらの納豆ですがいつも食べるときは、

タレ、からし、卵を入れて食べます。

本当はネギとかも入れたいのですが、めんどくさいので我慢してます。

人によってはタレを使わずに醤油で食べる人などいろんな食べ方があって面白いですよね。

私も一度は水戸にいって本場の水戸納豆を食べてみたいものです。

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